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オロチ様はイタズラがお好き!?

六章 月


―― 十 ――

 陽が傾き始める頃。
 フウガ達は、屋敷に戻るウズメを見送るために、孤児院の前に出て来ていた。
「せっかくだし、泊まっていっても良いのよ? どうせ部屋は、たくさん空いているんだし……」
「ありがとうございます。気持ちは嬉しいのですが、今は、父様やスズと過ごす時間は優先したいんです」
 残念そうに言うテナの申し出を、ウズメはやんわりと断る。
 そして、テナの隣に居る子供達へと目を向けた。
「ただ、この孤児院に来て、やはり良かったです。子供達も元気で、とても楽しかった」
「ウズメ姉ちゃんも遊んでくれて、ありがとー」
「俺らも楽しかった!」
「また来てね! 絶対!」
 子供達が、一斉にわいわいと口を開く。
 美人で優しいウズメに、彼らは、とてもよく懐いていた。
 ウズメの方も、そんな彼らと接するのが上手かった。いつもは溢れ過ぎる元気で皆が手を焼いている子供達が、彼女の言葉には素直に従うのだ。
 それは、普段から世話をしているテナにして「いつも、これぐらい良い子で居てくれると楽なんだけど……」と言わせるほどであり、おかげでフウガも随分と助かったものである。
「ええ、もちろん。皆もまた、私と遊んでね」
 ウズメは、子供達の前に屈むと、優しい女口調で微笑む。
「…………」
 そんな少女の横顔を、なんとかフヨウのお仕置きから復活したフウガは無言で見つめていた。
 具体的な事を口にする事こそ避けてはいたが、孤児院に居る間の会話の中で、彼女が現在、実の父とどこかぎくしゃくしている事は、なんとなく気づいていた。
 ――父と過ごす時間を優先したい。
 彼女が、テナの好意を断ってまで屋敷に戻るのも、おそらくそれがあるからなのだろう。つまり、彼女自身は、父親との関係の修復を望んでいるという事でもある。
(父親、か……)
 今も山奥で一人過ごす父――ラシンを思い出す。
 今でも愛し、尊敬する父親。
 でも、自分が騎士の未来を奪ってしまった英雄。
 いつも奔放な父親に対しては、フウガも、ついついむきになって喧嘩腰になってしまう事が多かった。けれど、それは決して仲が悪いというわけではない。
 必要な部分では意思の疎通は取れているし、どんなに揉めても、最終的に笑って許し合えた。不器用だけど、確かな親子の繋がりが存在する……そんな関係。
 でも、今のウズメと父親は、大切な所で互いの気持ちが通じ合っていないのかもしれない。何かの溝が二人の距離を空け、近づけなくしてしまっているだろう。
 その溝が一体何なのか、どうして出来たのか。
 フウガにはわからない。
 ただ、彼女と父親の関係が良い方向に向かってくれれば、とは心から思っていた。
 母を失い、父に取り返しのつかない傷を負わせてしまったからこそ、親の存在の大きさは身に染みてわかっている。
「では、私はもう行くよ、フウガ」
 と、近くで声が聞こえて、フウガは俯けていた顔を上げる。
 気づけば、すぐ前にウズメが立っていた。
「あ、はい。……すみません。ちょっとぼーっとしてて」
「もしかして、ムソウさんの言っていた事が気になるのか?」
 僅かに表情を険しくて、ウズメが言った。
 今日の昼に出会った青年――ハヤザキ・ムソウ。
 彼は三日後に、この孤児院が襲撃されると告げた。
 その真意は不明で、彼の言葉が真実かもわからない。
 しかし、ただの冗談だ、と一蹴出来るような物でもないのは確かだったのだ。
「いえ、今、考えていたのはそうではないんですが……でも、そっちも気になっているのは確かです」
「……そうか。念のため、私も可能なら、当日には顔を出してみるよ。例の話を聞いた後では、あの襲撃の件も杞憂で終わるとは思えない」
 ウズメの言う例の話、というのは、この孤児院〈鴉の止まり木〉が狙われる理由に直結するものだ。彼女もまた、レナとミヨと同じく、すでにその話をゴウタ達より聞かされていた。
「大丈夫ですよ、先輩。俺ら、こういう事は初めてやないですから。もしも襲撃あったとしても、ばっちり返り討ちです」
 掲げた腕を叩いて、ゴウタが自信満々に笑った。
「頼もしいな。だが、やはり襲撃などないに越した事はない。その事を忘れてはいけないよ、ゴウタ」
 と、穏やかな口調でナヅチが諭す。
 そこには、自らの育てた子を、出来れば危険な目に合わせたくないという親心が垣間見えた。
 それがわかっているのだろう、ゴウタは困った顔で、頭を掻く。
「やだなぁ、じーじ。わかっとるって、それぐらい」
「だけど、ありがとうございます、先輩。あの話……先輩の立場なら、秘める事には抵抗があったはずなのに」
 ライの感謝の言葉に、ウズメは淡い微笑と共に首を横に振る。
「そんな事はないさ。どんな家に生まれた所で、今の私は一介の騎士候補生だ。未だ誰かを捕らえるべき地位にはなく、もちろん裁く権利もない。それに、子供達のあんな幸せそうな笑顔を見てしまったら、黙って胸に秘める以外の選択肢なんて思いつかないよ」
「……そうですね」
 それに、フウガも同意する。
 追ったウズメの視線の先には、今度はレナとミヨの二人とじゃれあっている子供達の姿があった。浮かべるあどけない笑顔は、確かに幸せに満ちていて、それを壊すような真似は、ウズメの言葉通り、とても出来そうにない。
「……と、こんな場所で長々と立ち話をしているのもいけないな。ともかく襲撃の件は用心するんだぞ、フウガ」
「ええ、先輩。わかってます」
 子供達から視線を外して、フウガは頷く。
 ウズメは、改めてナヅチとテナの方へと向くと、丁寧に頭を下げる。
「それでは、失礼します。ナヅチさん、テナさん。お世話になりました」
「良いのよ。お客様なら大歓迎! 何より、貴女が来てくれると、子供達が大人しくて助かるしね!」
「こんな所で良ければ、いつでも顔を出しなさい。子供達にとっても、私みたいな年寄りではなく、君のような若い人と過ごす方が有意義だろうしな」
「ええ、ぜひ」
 そう応えた後、ウズメは孤児院を立ち去る――……かと思えば、何故か真っ直ぐに、こちらへと歩み寄って来る。
「そうそう、フウガ」
「先輩……? どうしたんですか?」
「うん。帰る前に、少しばかり先制攻撃をな」
「? 先制攻撃って――」
 訝しがる少年の顔の両脇を、着物の袖が流れていった。
「んぅ!?」
 刹那、唇には、いつかと同じ柔らかい感触。鼻腔には艶かしい白梅香の香りが、たっぷりと飛び込んで来る。少女の両腕はしっかりと少年の首に回され、咄嗟に離れる事も出来なかった。
 その瞬間、紛れもなくその場の時間は停止したと言って良い。
 誰もが、フウガとウズメのそれに釘付けになっていた。
 実際に過ぎた時間は、ほんの数秒程だったのだろうか。
 唐突な口付けを終えたウズメが、ゆっくりと身体を離す。
「……………………」
 フウガには、言葉がない。
 これでウズメとの口付けは二度目だが、とても慣れる事なんて出来なかった。というか、二回共いきなり過ぎて、思考が全くついていかない。
 向こうでは、こちらを指差して、同じく言葉のないレナが、口をぱくぱくさせ、すぐ傍の子供達が、凄い物を見たと騒ぎ立てている。
「では、また」
 そっとフウガの頬を撫でてから、くすりと笑うと、今度こそウズメは立ち去って行った。少年の脳裏に残された彼女の笑顔の残像は、酷く満足気な物だ。
『ぬははははっ。良い展開だ。非常に面白いぞ。本当にウズメは、私好みの良い仕事するものだ。なあ、フウガ?」
 完全に楽しんでいるオロチの戯言にも、フウガは反応出来ない。
「……………………」
「ああ、立ったまま放心しとる。フウちゃん、しっかりー」
「二度目とは言え、フウガには衝撃が強すぎたんだろうね。これは、しばらくはこのまんまかな」
「…………フウガ君も大変ね」
「でも、良いわねぇ。若いって。羨ましいわ」
「こらこら、テナ。まだお前は、そんな台詞を口にするような年齢じゃないだろう。そういうのは、私のような年寄りが口にするものだよ」
「……や、やられた。まさかいきなりそう来るなんて……っ」
「レナちゃん。これは負けてられないよ!」
「すげーすげー! 口付けだぞ!」
「あいだね! あい!」
「悪人面やるぅー!」
 半ば魂が抜けかけたフウガをよそに、他の皆がそれぞれの反応を見せる。もはや、この後、フウガを襲うだろう苦労の波は、想像に難くなかった。
 背後の建つ孤児院が、美しく夕陽の赤に染まる中で。
 早くも輝いていた一番星が、どこか苦笑しているかのように、少年達を見下ろしていた。

 ◇ ◇ ◇

 ――三日後。
 ムソウの予告した襲撃の日。

 深更を迎えた世界は、黒き空に三日月を抱き、静寂に満ちていた。
 耳を澄ませば、聞こえるのは虫の声のみ。
 王都に住む誰もが、今まで通り平穏に一日を終え、このまま朝を迎えると思っているだろう、穏やかで、少しだけ蒸し暑い夜。
 しかし、その郊外では、人の道を外れ、闇に生きる事を選んだ者達が、酷く静かに行動を開始しようとしていた。
 夜闇に沈む孤児院を見据え、辺りを囲む森の中に身を潜めた影は、七つ。
 全員が全身を黒装束で覆い、僅かに覗くのは、人らしさを失った鋭く冷たい眼光のみであった。
「ナヅチとテナは、シロガネ様に任せる」
 集団を率いる男が言った。
 酷く囁くような声だったというのに、他の者達がゆっくりと頷く。
 小さな声だろうが、物音だろうが、確かに聞き取る耳の良さも、彼らの生きる世界では必須の能力であったか。
「我らの役目は、孤児と、今、孤児院に泊まっている騎士候補生達を速やかに始末する事。別働隊と共に、確実に悟られる事なく殺るぞ」
 再び、部下達が頷く。
 彼らの内で、ゆっくりと、だが確実に殺気が濃縮される。
 それでいて、欠片一つ外に漏らす事はない。
 彼らは、暗殺者だ。
 目的の相手に一切気配を悟られる事なく近づき、命を断つ。それを終えた後、同じく他の誰にも気づかれる事なく立ち去る。
 これらの行為のみに特化した者達。
 ならば、殺気を漏らすなど、何よりもやってはならない愚行である。
 それを見せるときは、標的を始末する刹那のみ。
 内なる殺気を研ぎ澄ませながら、男達が衣擦れも音すらも立てずに動き出す。
 彼らの想定通りならば、静寂の夜は、孤児院で暮らす者達の鮮血で彩られるはずであった。
 しかし。

「残念だけど、皆さん、ここでおねんねや」

 おどけた、そんな声を始まりにして、その想定は脆くも崩れ去ったのだ。
「――――っ!」
 一本の木の上より、影が落ちる。
 暗殺者達のお株を奪うような、見事な気配断ちと、音もなき身のこなし。
 着地した声の主は、彼らが、まさかの迎撃者の存在という驚愕から抜け出し、対処へ動くより早く、疾った。
「――瞬拳」
 紡がれる〈具言〉。
 肘下から指まで、ほぼ全て覆う篭手へと破壊の力が付加される。
「打ち抜けろっ!」
 どん、と鋭く重く。
 衝撃が突き抜ける。
 声の主――フドウ・ゴウタの拳は、集団を率いる男の腹部を見事に捉え、
「ぐふっ……!」
「がっ!?」
 さらに、その真後ろに居た者までもが共に昏倒した。
 最初の男の内部を突き抜けた衝撃が、背後のもう一人までもを叩いたのである。
「貴様!」
 根っからの暗殺者である彼らは、正面切って戦う事には慣れない。
 だが、それでも腕に覚えのある者達だ。
 突然の展開にも判断は早く、ゴウタを取り囲もうとする。
 だが、それがすでに間違い。
 彼らの頭上には、すでに旋回する六つの戦輪が在ったのである。
「激しき雷腕」
 主であるライの命に従い、戦輪が雷を纏う。
「っ――」
 暗殺者達が、それに気づいた時には、もう遅い。
「彼の者達を抱擁せよ」
 伸びた瞬く雷腕が、一人とて逃す事なく暗殺者達を抱き、あっさりと全員の意識を奪い去る。苦悶の声さえ上げられない。
 ――僅か数瞬。
 その間に、この戦いの勝敗は決していた。
 暗殺者達を手玉に取るかのような、あまりに見事な手際。
 むしろ、二人の方が暗殺者ではないかと思わせるほどの所業であった。
 だが、それも当然。
 この二人は、“誰よりも優れた暗殺者”に鍛えられたのだから――
「さーて、こっちは終わったな」
 肩を回しながら、ゴウタは言った。
 森の奥から、手元に戻した戦輪を腕に通したライも姿を見せる。
「さすがにこちらが襲撃に備えていた分、あっさりだったね」
「そうやな。もしも知らんかったら、もっと苦戦しとったやろ。子供らも避難なんてさせられんかったやろうし……何者かはわからんけど、ムソウって人に感謝せんとな」
「それはどうかな。その人の目的がわからないうちは、安易に感謝するのは止めた方が良いと思うけど。こいつらの仲間じゃないなんて証拠はないんだからね」
「ま、そうかもしれんけどな」
 ゴウタも肯定し、肩を竦めた。
 暗殺者達を拘束するための縄を手にしながら、ライが振り返る。
「さて、フウガの方も、もう終わってる頃かな」

 ◇ ◇ ◇

「小僧、自ら我々の前に姿を見せるとは、死に急いだか」
 ライとゴウタが襲撃者を迎え撃つのと同じ頃。
 フウガは、二人からは少し離れた森の反対側で、その襲撃者の別部隊と対峙していた。
「どうやって我らの襲撃を察知したのかは知らぬが、気づいたのならさっさと逃げ出しておけば良いものを。所詮は、騎士候補生か。自らの身の程も知らぬ愚か者よ」
 嘲笑すらなく、暗殺者の一人がフウガを冷たくなじる。
 敵は、やはり七人。
 全てが練達の闇の者達である。
 だが、そんな敵を前にしてなお、フウガには僅かな焦慮すらない。
 敵の言葉には何も応える事なく、二振りの小剣をゆっくりと抜き放った。
「やはり我らと闘る気か。――よかろう。望み通り確実に殺してやる!」
 言うが早いか、先頭の男が、腰から短刀を抜くと同時に跳び掛かる。
 音も無駄もなく、刃が最短距離でフウガの首筋へと吸い込まれ――
 一際甲高い金属音が、森の中に響き渡った。
 フウガは、その場から一歩も動いていない。
 ただの一歩も動かぬまま、自らの剣で、男の手から短刀を弾き飛ばしていたのだ。
「な――っ」
 唯一露な暗殺者の目が大きく見開かれる。
 その隙を逃さず、今度こそフウガは動いた。
 棒立ちの男の脇を疾り抜けると同時に、手にした白刃の腹で敵を一閃する。
 あまりに速く、あまりに鋭い一撃。
 もはや反応すら出来なかった男は、声もなく膝から頽れた。
 遅れて宙を舞っていた短刀が、地面へと突き立つ。
「馬鹿な!」
 他の六人が予想外の光景に瞠目する。
 そんな敵達へ、フウガは刃の切っ先へ向け、吐き捨てた。
「相手の肩書きだけで実力を決めつけ、侮る。お前らは、よく居る下らない妖魔と同じだな。だから――無様を晒すんだ」
「おのれっ!!」
 激昂した暗殺者達が、次々と得物を抜く。
 濃厚かつ研ぎ澄まされた六つの殺気。
 もはや隠す事を止めたそれらが、少年へと正面から容赦なく叩きつけられる。
 だが、フウガはそんな圧力にも揺らぐ事なく言い放った。
「良いさ。まとめて掛かって来い。お前らが見下す騎士候補生の実力がいかほどか、その身で知れ」
「ほざけ! 餓鬼が!」
 正面の敵が、差し入れた懐から手を抜き、極細の針を投擲してくる。
 闇の中では限りなく視覚しづらいそれは、おそらくは毒針。暗殺者の用いる物である以上は、一つでも刺されば、その時点で命を終えてもおかしくはない。
 さらに、フウガの逃げ道を奪うように、別の二人が左右より斬り掛かって来る。
「――――死に濡れよ」
 短い〈具言〉により、二人の手にする短刀に、暗い光が宿った。
 果たして、あの刃を受ければ、どんな苦痛が襲うものか。
 それが何だとしても、毒針と同じく、即座に命に関わる物には違いないだろう。
 ……そして。
 毒針にせよ、〈言力〉の宿った刃にせよ、食らわなければ――それまででもある。
「烈風、研ぎ澄ませ」
 もっとも扱い慣れた〈言力〉を発動。
 二本の剣が風を纏う。
 フウガは手にしたそれらで、向かって来る敵でもなく、飛んで来る毒針でもなく――足元の地面を薙ぎ払った。
「ぐっ!」
「何だとっ」
 巻き上がる土塊は、敵から少年の身を覆い隠し、さらには毒針を防ぎ、敵の動きを止める。
 転瞬。
 全ての土塊が地面に落ちる前に、土の壁が二つに断ち切られた。
 その間を駆け抜け、フウガが敵の懐へと飛び込んで行く。
 一瞬、土で視界を奪われた所に、この不意打ち。
「――ぐっ」
「か――っ」
 斬り掛かって来た二人は、動く事も出来ず、それぞれ気絶させられる。
 さらに、もう一人が再度放って来た毒針を紙一重で避け、
「……ずっ……かっふ……」
 瞬時に間合いを詰めた所で、肘の一撃で確実に意識を奪い取る。
「調子に――乗るなっ……!!」
 そこに同時に襲い掛かって来る、残りの三人。
 全員の刃に、すでに〈言力〉が宿っている。
「……疾く、駆けよ」
 風の補助を受けて、フウガは、空高く真上に跳躍した。
 目標を見失い、敵の刃は空を斬る。
 これを見て、暗殺者の一人が嘲笑った。
「愚かな! 上に逃げれば、もう自由に動けまい!」
 確かに、その通りだった。
 真上に跳べば、後は落ちる以外になく、下で待ち伏せた敵の餌食となるだけ。
 普通に考えれば、これはフウガの失策と見える。
「いいや」
 だが、彼らは気づいていなかったのだ。
「愚かなのは、お前達だよ」
 一人を一斉に狙った事で、自分達が今、密集している事を。
「旋風――巻き起これ!」
「「「…………!?」」」
 上空で生まれる激しい竜巻。
 その奔流から、油断していた足元の暗殺者達は逃れられなかった。怒り狂う龍のごとき渦巻く風に弾かれ、吹き飛ばされ、打ち倒される。
 湿った森の地面に転がった彼らが、もう立ち上がる事はなかった。

 ――戦いの決着までは、数十秒にも満たず。

 戻った森の静寂の中。
 勝者たる少年は、軽やかに地上へと降り立つ。
『お見事。この人数相手にたいしたものだ』
「……そうでもないだろ」
 剣を鞘に収めたフウガは、オロチの賛辞を冷静に否定すると、倒れた敵達を一瞥する。
「もともとこういう手合いは、隠れて標的を仕留めるのは得意でも、正面切って戦うのは専門じゃないんだ。例外も居るだろうが、少なくともこいつらはそうじゃなかった」
『なるほどな。だが、それでも十分に感嘆すべき戦いぶりだったとは思うが』
「それはどうも。……じゃあ、褒めるついでに、こいつらを縛るのを手伝ってくれると助かるんだけど?」
『はて? どうやら耳に物が詰まったらしい。よく聞こえないぞ』
「…………言ってろ。アホ妖魔」
 もともと本気で手伝わせる気はなかったにしても、これには、もはや突っ込む気も起きない。
 これ以上の会話は放棄すると、フウガは一人、溜息を漏らしつつも作業に取り掛かったのだった。

 ……――そして、なおも。
 闇の中で蠢く殺意は、在り続ける。
 戦いの夜は、未だ続く。


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