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オロチ様はイタズラがお好き!?

五章 心欠け、誓いは胸に宿る


―― 五 ――

 しばらく進むと、大きく樹海の開けた場所に出た。
 無理矢理に切り開かれたかのような不自然さを感じさせるそこは、おそらくはキジムの意思で部分的に〈異界〉の構造を変化させたのだろう。
 当のキジムは、その開けた地面の真ん中で腕を組み、悠然と佇んでいた。その姿からは、先ほどの不意の一撃によるダメージは見受けられない。
 フウガは足を止めると、正面からキジムと対峙する。
「……それがお前の異質か、スサノ・フウガ」
 こちらの姿をじっくりと観察した後、キジムは感嘆したような声で言った。
 フウガの目が険しく細まる。同時に、亀裂の痣が生き物のようにざわりと揺れた。
「もともと知っていたかのような口ぶりだな」
「ああ、聞いてはいた。シラユリ様からな。『フウガに近しい人間を適当に危機に陥れれば、面白いものが見られるかもしれない』……と。そのときには訝る事しか出来なかったが――なるほど、確かに興味深いものだ」
「……あいつの仕業か」
 ぎりっと歯噛みする。
 何故かは知らないが、あの正体の知れぬ少女は、こちらの内面の事情に関して熟知しているらしい。それが不可解であり、また怒りを増長させた。
 キジムは、その唇をあからさまに蔑みの笑みで歪めた。
「どういう仕組みかは知らんが、その姿になると能力が高まるらしいな。全く人間とは、妙な生き物だよ。理解に苦しむ」
「理解する必要は――ない」
 その一言を後方に置き去りにして、フウガは一瞬で間合いを詰めた。
 一気に懐に飛び込むと、峻烈な突きを放つ。
 しかし、それは瞬時に硬質化したキジムの掌に、甲高い音と共に受け止められた。
 二人は、間近で視線を交錯させ、ぎりぎりと刃と腕を押し合う。
「やはり、膂力、速力、プラナの汲力量、〈言力〉の威力――全てが上昇しているな。いや――」
 瞬間、剣を受け止めた方のキジムの腕が倍近くまで膨れ上がった。そして、フウガを刃ごと後方に弾き飛ばす。
「ぐっ!」
 空中で身を捻って、フウガは着地する。
 転瞬、その頭上を襲う、槍の如き鋭さを持った木根の群れ。
「――風壁、聳え立て!」
 咄嗟に前方に展開された風の障壁が、木槍を全て防ぎ切り、粉砕する。
 その様子を注意深く観察していたキジムが、改めて得心したように頷いた。
「上昇と言うよりも回帰……そう、在るべき形に戻ったと言うべきか。そういう印象を受ける」
「――そうだ」
 降り落ちる木片を振り払いながら、フウガは肯定する。
「九年前のあの日から、俺は守るためだけに生きてきた。
 ――大切な誰かを害する者を決して許さず、この両の手の刃で滅する。
 それが俺の罪と存在の証明。魂の在り方。
 今の俺こそが――欠落したスサノ・フウガの真実だ」
 その言葉に呼応するように、肌の亀裂が広がる。
 身に纏う息吹は、より雄々しく、より激しくなる。
「――キジム」
 そして、少年は宣告した。
 眼前の敵の辿るべき運命を。
「お前は俺の存在に食い潰されろ」
「ほざいたな、人間風情が」
 妖魔の口が横に大きく裂けた。そして、それが象るのは嘲笑。
 強大な妖力が吹き荒れ、刹那、その姿が三人へと増殖した。
 文字通り増えたのだ。
 見間違いでも、幻覚でもない。
 現実に、全く同じ姿の三人のキジムはそこに並んでいた。
「な――んだと」
 目の前の光景に、フウガは瞠目する。
 三人のキジムが同時に跳躍した。その両腕を鋭い木刃へと変化。それらが、鋼の刃を越える硬度と切れ味を誇っているのを、一目でフウガは看破する。
「食い潰されるのがどちらか、その身を持って知るが良い!」
「キジムッ!」
 迫りくる殺気に、素早く驚愕より抜け出したフウガが、唸る風と共に不利を承知で敵を迎え撃つ。
 一際激しい両者の激突に、樹海が大きく震えた。

 ◇ ◇ ◇

「ミヨっ! 大丈夫!」
 毒に倒れたミヨを傍の大樹の一本に寄り掛からせ、レナは声を掛けた。
 介抱しようにも、ろくに出来る事など思い浮かばなかった。治癒の〈言力〉は血止めくらいしか使えないし、そもそも妖魔の毒を解毒するなど、それこそヒナコのような専門家にしか不可能だろう。
 せめてもと、レナは取り出したハンカチで、絶え間なく噴き出る汗を拭いてやる。
 苦痛に喘ぐ少女の姿を見る度に、自身の不甲斐なさが胸を激しく苛んだ。
 そんな親友の心を察してか、ミヨが弱々しく微笑む。
「……大丈、夫だよ……。ごめん、ね……足手まといになっ、ちゃって……」
「何言ってるのよっ。足手まといなんかじゃないわ。それより、すぐにスサノがあいつを倒して〈異界〉を消すから。そしたらスクナ先生に……」
「レナちゃん……」
 ゆっくりと持ち上がったミヨの手が、レナの腕を掴んだ。少女の栗色の瞳が、何かを訴えるように揺れていた。
「ミヨ……?」
「スサノ君の所に、行ってあげて……」
「何を……出来るわけないでしょう! あんたを置いてなんて――!」
 ミヨは、先ほどよりさらに蒼白になった顔をゆっくりと横に振る。
「……私は、平気だよ……。〈龍身〉を使えば、毒の回りは抑えられるもの……。だから、レナちゃんはスサノ君を……」
「な、何でよ。あいつは……何だかわからないけど凄い力を見せて――あれならきっとキジムにだって勝てるわっ!」
「……うん……でもね……」
 酷く悲しげな表情を見せて、ミヨが呟く。
「……スサノ君……とっても寂しそうな……孤独な顔してたよ……」
「…………っ」
 絶句する。
 それはレナも感じていた事であり、ずっと気に掛かっていた事でもあったのだから。
「……レナちゃんも知ってるよね……」
 呼吸をするだけでも辛いはずなのに、それでもミヨは喋り続ける。
「スサノ君、この学園に入ってから、ずっと辛い思いをしてきてる……。入学してすぐは『ラシンの息子のくせに、とんだ落ちこぼれだって』って言われて……。その後、たまたま同じスサノという苗字だっただけだって勘違いされるようになってからは、もっと酷い事を陰で言われ続けてた……。でも、スサノ君は、そんな素振りは私達の前では全然見せたりはしなかったよね……」
「…………ええ」
 レナは、これまでフウガと過ごしてきた日々を思い出す。
 互いを深く知り合うには、あまりに短い時間。それでも、ミヨの言う通り、あの少年が自身を取り巻く環境を悲観するような様子を見せた記憶はなかった。
 自ら落ちこぼれを演じた事で招いたものであるという事もあったのかもしれない。だが、それ以上に彼は周囲に心配を掛ける事を望んでいなかった――そんな気がしてならなかった。
「しかも、自分には何にも非のない事で、突然オロチに取り憑かれる目にあって……それなのに原因を作った私達を何一つ責めずに、自分にも責任があるって笑って許してくれた……。凄いよね……。真似出来ないよね……。レナちゃんが好きになっちゃうのも……わかるよ……」
「え……?!」
 予想外の一言に、レナは頬を紅く染めて、大きく目を見開いた。心臓が、自分でも信じられないくらい早鐘を打つ。
「ミ、ミヨ……あんた……っ」
 咄嗟に言い訳をしようとするが、動揺のあまり何も思い浮かばない。結局、出来た事は、どうしようもなく目を泳がせる事だけだった。
「ふふ……私、レナちゃんの親友だよ……? その気持ちが誰に向いてるかなんてお見通しなんだから……」
 ミヨが可笑しそうに、くすくすと笑う。
 その後、真摯な光を宿す瞳で、レナの目を見据えた。
「だから、ね……行ってあげて……。今、スサノ君、独りなんだよ……ううん、独りで居る事で他の誰も傷つけないようにしようとしてる……。でも、きっとそれはとても辛くて、悲しい事……。誰かが支えてあげないと……独りにしちゃ、駄目なんだよ……」
「で、でも……」
 唇を噛みしめて、レナは俯く。
 胸の内には、一抹の不安が渦巻いていた。
「私に……出来るかな……。スサノを……支える事が……」
「出来るよ……」
 迷わず、はっきりと。
 ミヨは断言した。
「だって、レナちゃん、スサノ君の事、本当に好きなんだって……私、わかってるんだから……」
「ば、馬鹿っ!」
 あまりに率直な物言いに、レナは再び顔を紅くしてそっぽを向く。
 そして、程なくして。
 その羞恥の表情は、次第に決意のものへと変化していった。
 ゆっくりと立ち上がる。そして、剣を握ると、毒に苦しむ親友の姿を振り払うように背を向けた。
「……スサノと一緒に必ずキジムを倒して、すぐに戻ってくる。だから、少しだけ……ほんの少しだけ待ってて」
 ミヨは微笑を浮かべ、頷いた。
「……うん……信じてる……」
 一度、オトヒメの柄を強く握り締めた後。
 意を決してレナは走り出した。
 振り向く事はしなかった。すれば、きっと自分の決意は揺らいでしまう。親友の想いを無駄にしてしまう。
 それだけは――絶対に出来なかった。
 レナの姿が樹海の奥に消えてから。
「……信じてるよ……レナちゃん……」
 独り目を細めたまま、ミヨは呟いていた。

 ◇ ◇ ◇

 ――それは。
 何かの悪い冗談のような。
 酷くふざけた悪夢のような。
 そんな表現しか出来ない、目を疑う光景だった。
「くそっ……!」
 深き樹海の中。
 悪態を吐きながら、フウガは悠然と立ち並ぶ木々の間を駆ける。
 それを追って周囲に舞うのは、回転する無数の緑葉。一見、何の変哲もないそれらは、人の身など容易く切り裂く死の刃だった。
 葉刃の群れが一切の逃げ道を塞いで、全方位からフウガに襲い掛かる。
「剛風、吹き荒めっ!」
 二振りの刃より放たれた颶風が、迫る葉刃達を吹き飛ばしていく。
 しかし、あまりに数が多く、全ては撃墜出来ない。いくつかが腕や頬を掠め、鮮血が舞い散る。
「っ……!」
 僅かに速度を緩んだ所を、地面を突き破って現れた数本の鋭い木根が、フウガを串刺しにせんと向かってくる。
 〈言力〉を発動する暇はない。
「こ……のっ!」
 身を捻りながら、ほぼ直角に跳躍。
 強引な動作に全身の筋肉と骨が軋むが、そんなものに構っていられない。なんとか背中から受身を取りつつ着地すると、灌木を圧し折りながら土の上を転がる。そして、勢いのままに立ち上がり、素早くプラナを汲み上げると同時に、世界への願いを乞う。
「魔風――」
 刹那、黒き風が吼える。
「喰らい尽くせ――!」
 顎を開いた魔性の風が、追ってきた木槍を葉刃を――さらに、その先に居たキジムすらも飲み込み、消し飛ばした。
 だが、
「これで十八人目。なかなか頑張るではないか、スサノ・フウガ」
 息を吐く暇すらなく、今度は木々の陰から、別の四人のキジムが次々と姿を見せた。
 全員が全員、その両腕を木刃へと変え、斬り掛かってくる。
「舐め、るなぁっ!!」
 咆哮を引き金にするように、亀裂がフウガの左半身を完全に覆い尽くした。
 途端に速力を上げたフウガは、前方の一人の放ってきた突きを躱すと、逆に右の刃で相手の胸を刺し貫き、さらに横手から迫る二人目の首を左の刃で刎ね斬る。
 刺した剣を引き抜きつつ、その場で旋回。
 背後の三人目と、崩れ落ちた一人目の後ろから飛び込んできた四人目を、回転の勢いの乗せた強烈な斬撃で両断する。
 四人全員が地に伏し――
 今度は、さらに六人のキジムが、頭上の木々の枝の上に唐突に出現した。
「……っ、はっ……はあっ……はあ……」
 休みなく動き続けた事で枯渇する酸素を、激しく脈動する心臓が全身に巡らせる。そして、フウガは頭上を仰いで、こちらを余裕の表情で見下ろしてくるキジム“達”を睨めつけた。
 正面に降り立ったキジムの一人が、酷く愉快そうに口の端を吊り上げる。
「どうした? もう、憎まれ口を叩く余裕もないか?」
「…………はっ……はあ……」
 フウガは答えない。
 不可解なキジムの増殖と、そして、いくら斬っても堪えない――その絡繰り。この秘密を解き明かさねば、この戦いに決して勝利はない。今はそのために、喋るための体力すらも惜しかった。
 キジムもそれがわかっているのだろう。答えがない事を気にした風もなく、さらに続ける。
「スサノ・フウガ。確かにお前は、私が思っていた以上に強い。その力は、上級妖魔すらも屠るかもしれん。それは認めてやろう。
 だが、それでもお前は私には決して勝てない。八百年を越える年月によって培われし我が力はそれほどに強大で、お前がどう足掻こうと越えられぬ遥か高き壁よ」
 己に酔ったような恍惚な表情で、キジムは両手を掲げる。
「故に絶望しろ。思い知れ。お前達人間と、我々妖魔の格の違いを。生れ落ちしときより定められし、生命の価値の差を。
 そして、死ね。お前には誰一人守れぬ。自身の命すら――!」
 最後まで言い終える事なく、その体躯がゆっくりと背中から倒れた。
 胸に真っ直ぐに突き立つのは、蒼色の柄を持つイザナギだ。
「……いちいちよく喋る奴だ。黙ってやがれ」
 倒れた敵へと歩み寄り、突き刺さった剣を引き抜く。
 そのとき。
 ぼごりと、不気味な異音が耳朶を叩いた。
「っ! ――ぐああああっ!?」
 気づいたときには、フウガは蠢く巨大な木腕によって、大樹の一本に背中から押しつけられていた。衝撃で内臓を痛めたのか、口の端から赤黒い血が零れる。
 肥大した木腕は、倒れたキジムのものだ。
 不意に、以前の数倍の大きさに膨れ上がったかと思えば、フウガの身体を掴み、そのまま伸びて、後方にあった大樹にまで叩きつけたのだ。
 フウガは完全に拘束されていた。
 身動きはまるで取れず、自由を奪う掌は、常に凄まじい圧力を掛けてくる。それは〈言力〉を発動する集中さえもさせてくれなかった。
 そこに残り五人のキジム達が降りてくる。
「無様な姿だな、スサノ・フウガ」
「言ったはずだ、お前は私に勝てないと」
「お前は、ここで私に殺される」
「所詮、人の身で上級たる妖魔に敵うはずがなかろう」
「人間など、我々に搾取されるだけの下等な存在でしかない」
 キジム達が、動けぬ少年を一斉に嘲笑う。
 フウガは血が溢れるほどに唇を噛みしめ、拳を強く握り込む。
「……『所詮、人の身』……『下等な存在』……お前ら妖魔は、いつもそうだ……! 俺達人間を虫ケラ程度にしか思っていない! だから、あのときも母さんを! セツナを! 親父を……!」
「どれほど喚こうが、無駄な事。無慈悲な現実を前に、無力なお前如きに出来る事は、もはや何もありはせん。時間もない。そろそろ――死ね」
「くっ……!」
 五人のキジムの腕が、まっすぐにこちらに向けられる。
 腕は、鋭い穂先を持つ槍へと形を変えていく。
 一斉にあれが突き込まれれば、今のフウガに防ぐ術はない。
「さらばだ」
「――――っ!」
 一瞬、死の絶望が胸を埋め尽くしかけ――
 だが、槍は少年を貫かなかった。
「怒涛、押し潰せえええええええええっ!」
「何!?」
 突然、まさに巨大な津波の如き怒涛が押し寄せたのである。それは、キジム達だけに収まらず、辺りの木々や茂みごと一息に飲み込んでいった。
 フウガを押さえつけていた木腕もまた、根元から粉砕される。だが、怒涛は解放されたフウガだけは避けて、他の全てのみを押し流していった。
「……今、のは……まさか……?」
「――スサノ、無事!」
 呼びかけに顔を上げる。
 血相を変えて走ってきたのは、やはりレナだった。
「タマヨリ、何で……? ナスノはどうしたんだ……」
「ミヨは大丈夫。あの子自身がそう言ったんだからね。それより助けにきたわよ」
「……駄目だ。戻れ、タマヨリ。お前が戦うには、キジムは危険過ぎる」
「今、まさにやられそうだったあんたが何言ってるのよ!」
「…………」
「それにね。あんた、私に言ったわよね。――『信じて』って。だったら……!」
 レナは、フウガの胸倉を掴んで、額が突きそうなほどに顔を寄せてくる。そして、有無を言わせぬ強い口調で言った。
「だったら、あんたも少しは私を……私達を信じてよ」
 少女は俯き、悔しそうに唇を噛む。
「もちろん、私一人じゃキジムに勝てないのはわかってる。でも、だからこそ力を合わせて戦うんでしょう。昨日の屋上でも言ったけど、独りで何でも抱え込むなんて格好良くなんかないし――卑怯よ」
「…………俺は」
 一方的に攻め立てられても、返す言葉は口に出なかった。
 レナは服から手を離すと、今度は取り出したハンカチで、優しくフウガの口元と頬の血を拭ってくれる。そして、ふわりと、思わず見惚れるような微笑を見せた。
「あんたがね、私達を守りたいって思ってくれるように、私達だってあんたを守りたいの。――お願い、一緒に戦わせて」
「一緒に……」
 呟き、手元に視線を落とす。瞳に映るのは、両の手に握られたイザナギとイザナミだった。
 この二本の剣を握る事を決意した、あのとき。
 自分は大切な誰かを、今度こそ絶対に守り通すと決めた。
 しかし、独りで守れるものなんてほんの一握りで、フウガはいつだって自身の無力を呪ってきた。そして、それでも、守る事だけを盲目に己に課してきたのだ。
 今の自分には……他に何も在りはしなかったから。
 だけど、今。
 共に戦い、守ろうと――そう手を差し出してくれる少女が、ここに居る。
 フウガは血を拭ってくれていたレナの手を掴むと、そっと握り締めた。
 レナが酷く焦った様子で声を上げる。
「ちょっ……スサノっ?!」
 守る事。守り通す事。
 それが、かつてスサノ・フウガだった自身の罪と存在の証明。魂の在り方。
 あの日に定められた終わりを迎える瞬間まで、自分は他の生き方など出来はしない。する事など許されない。
 でも。
 その生き方を通すために――誰かと手を取り合う事は……――
「…………タマヨリ」
「な、何? というか手! 手!」
「一緒にここを脱出するって、そう……約束したもんな」
 顔を上げると、自然と笑みがこぼれていた。
 こんな自分でも守りたいと、そう言ってくれた事が、本当に泣きたいほどに嬉しかったから。
 そして、言った。
「――改めて頼むよ。俺に力を貸してくれるか?」
「だ、だから、そんなの今更、訊かないでよ! 良いから、手をっ!」
「え……? あ、ああ、悪い」
 そういえば無意識に握ってしまっている事に気づいて、フウガは慌てて手を離した。
 レナは耳まで顔を真っ赤にして、フウガを睨みつける。
「ま、全く、急にこんな……」
「ごめん。思わずな」
 すまなそうに笑った後、すぐにフウガは顔つきを厳しくする。
「……それよりキジムだ。あいつは、あんな攻撃じゃ倒せない。またすぐに襲ってくるぞ」

「――その通り」

「「!」」
 樹海に響く、胸の奥から不快を湧き上がらせる敵の声。
 すぐさま身構えると、二人は視線を巡らせる。
 そして、
「…………え」
「…………な」
 二人は目を剥き、息を止めた。思考すらも停止しそうだった。
 やはり、平然な様子で再び現れたキジムは。
 十を超える――否、二十人以上となって、折り重ねる木々の残骸の上に立っていたのである。


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