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オロチ様はイタズラがお好き!?

一章 オロチの呪いは○転換!?


―― 三 ――

「はあああああああああああぁぁ………」
 見ている方が気が滅入ってしまいそうな、重く長い溜息を洩らしながら、フウガはとぼとぼと廊下を歩いていた。
『どうした、少年。元気がないぞ。若い者がそんな事ではいかんな』
 フウガの様子とは対照的な明るいオロチの声は、直接、頭に響いてきた。
 〈妖術〉を用いた念話である。
 文句を言われるので、どうやらフウガの身体を使うのは控える気になったらしい。
 正直、そんな気配り程度では何の慰めにもなりはしなかったが。
「……とりあえずお前は、それが誰のせいかを考えてろ!」
 怒鳴って、一転、また嘆息する。
 オロチは、呪いの結果が出るまでの最大で三ヶ月間、フウガの身体の中に居座る気らしかった。下手に追い払えば、五十年前の二の舞になるかもしれないという事で、大人しく受け入れるしかなかったのだ。
 不満は溢れるほどあったが、どうしようもない。
(本当に、何でこんな事に……)
 フウガは、先ほどまでの学園長室でのやり取りを思い返した。

 * * *

「学園長! 教官! 本当に、この呪いは解けないんですか!?」
「それは……」
「さすがにオロチの呪いだからね……」
 フウガの訴えに対して、二人は苦渋の表情を浮かべる。
「俺がツクヨミ先輩に勝てって、そんなの絶対に無理に決まってるじゃないですか!」
 学園に在籍する候補生は、全て規定の階位で実力分けされる。
 まずS、A、B、C、D、E、Fの七段階、さらに一つの階位の中で、参、弐、壱の三段階に分けられ、これは数字が大きいほど実力が上になる。
 そして、話に出たツクヨミ・ウズメはS参――王国内に三校ある学園全ての中で、最強に位置していた。
 そもそも学園規定の階位はAまでしかなく、Sという階位そのものが、彼女のために用意されたのものなのである。この事実からしても、ツクヨミ・ウズメの常軌を逸した実力が察せられるというものだった。
『ファイトだ、少年。私を楽しませるために!』
「やかましいっ! おめーは必ず殴る! あらゆる手段を用いて殴り倒してやるからなっ!」
 またもや人の口を使って喋る呪いを掛けた張本人に、フウガは怒りを沸騰させる。
「お、落ち着いて、スサノ君」
 なんとかフウガを落ち着かせようと、ソウゴが両手を前に出しながら言った。
「とりあえず呪いといっても命に関わるものじゃないんだから……」
「命には関わらなくても、今後の人生に関わるでしょーが!」
「いや、まあ、確かにそうなんだけど……」
 そう言われると、返す言葉もないのかソウゴは口ごもる。
 そして、助けを求めるようにシズネへと視線を移した。
 当の彼女は眉根を寄せて俯き、深く考え込んでいた。しかし、しばらくすると何か意を決した様子で、顔を上げる。
「スサノ君」
「……え? は、はい?」
 学園長としての威厳を感じさせる凛とした声音に、フウガも思わず我に返る。
「その呪いは、オロチの言う通り、我々には解く事は不可能でしょう。何より、ここでオロチに逆えば、また五十年前の地獄の再現になってしまうかもしれません。――ならば取れる手段は一つしかない」
「そ、それは一体?」
 シズネは小さく頷き、言った。
「頑張るんです」
「………………は?」
 間の抜けた顔で、フウガは、ぽかんと口を開ける。
 シズネは両の拳でガッツポーズをして見せた。
「頑張って強くなって、ツクヨミさんに勝ちましょう!」
「あの……それって要するにお手上げ宣言という奴では? 遠まわしに俺にオロチを〈妖界〉に帰すための犠牲になれと言ってるんじゃ……」
「大丈夫! 勝てば良いんですよ! 私達も全面的にバックアップします! 本来なら学園が特定の候補生に肩入れするのはご法度ですが、今回のような事態ならば許されるでしょう! だから、頑張って!」
「否定してくださいよっ! 本気ですか!?」
「え、えーと……だ、大丈夫。君なら出来るよ! スサノ君!」
 これ幸いとソウゴもシズネの提案に乗っかる。
「……シンラン教官、励ますんなら、俺の目を見て言ってください」
「イヤイヤ、僕は君を信じているよ」
「だったら、なんで棒読みで、しかも目が同情と哀れみを浮かべてるんですかああっ!」
「はいはい! スサノ君、そこまで」
 シズネは手を叩いて言い争いを遮る。
 そして、これ以上の反論を許さないと言わんばかりの笑顔をにっこりと浮かべた。
「この話は、もう終わりです。スサノ君は、今日はもう授業に出なくていいわ。これからの三ヶ月間のために、ゆっくりと寮で休んで、明日から頑張りましょう! 打倒ツクヨミさんに向けて!」
「え、えええ!? ちょっと待って……!」
 そうして。
 フウガは学園長室からあっという間に追い立てられてしまったのだった。

 * * *

「…………」
 思い出したら、余計に憂鬱な気分になった。
 理不尽にも程があるというものである。
 だが、あの二人にも、本当にどうしようもないのだという事は、フウガも良く理解していた。だからこそ、あれ以上、責める事も出来なかった。
 なにせ、掛けたオロチ自身にだって解けない呪いなのだ。このヤマトのどこを探そうとも、これを解ける人間など、まず存在しないに違いない。
「ああ、くそっ!」
 フウガは、思わず悪態を吐く。
 だいたい、オロチが解放された原因は……!
「ちょっと、そこの!」
 と、暗い思考に囚われていた所を、前方から鋭い声が掛かる。
 フウガが俯けていた顔を上げると、見知らぬ二人の少女が居た。
 一人は、気の強さを表すようなつり目で、蜜色の長い髪を後ろでポニーテールにしている。なぜか仁王立ちで、こちらを威嚇するように睨んでいた。
 もう一人は、栗色の髪をおさげにし、大きな眼鏡をかけている。如何にも真面目で気が弱そうな印象を覚えた。実際、彼女は、つり眼の少女の斜め後ろに、どこか怯えた様子で立っている。
 正反対な性格を感じさせるこの二人の少女に共通しているのは、白に山吹色のラインの入った学園の制服を身につけている事だ。さらに腕には、フウガと同じ三年生である証の黄の腕章がある。
 どうやら同学年の女子騎士候補生らしい。
 ただ二人の顔は、フウガの記憶の中のクラスメイト達の誰のものとも一致しない。
 つまりは別クラスという事だ。
 つり目の少女が、びしりと指を差してくる。
「あんた……〈三の風〉クラスのスサノ・フウガね!」
「あ、ああ、そうだけど……」
 フウガは困惑して、首を傾げた。
「俺になんか用か? というか知り合いだったっけ……?」
「どっかですれ違った事ぐらいはあるでしょうけど、ほぼ初対面よ!」
 つり目の少女の方が、語気も強く答える。
 同じ学園の騎士候補生で、しかも同学年ならば、確かにこれまですれ違った事ぐらいはあるだろう。実際、フウガも彼女達の顔は、どことなく見覚えがあるような気もする。
 だが、こうやって会話を交わすのが、初めてであるのも間違いないようで、いきなりこんな喧嘩腰の剣幕で声を掛けられる理由があるとは、やはり思えない。
「レ、レナちゃん、スサノ君、困ってるよ。もうちょっと他に言い様が……」
 眼鏡の少女が、弱々しく諌める。
「黙ってて、ミヨ。……いい? あんたに一言だけ言わせてもらうわ、スサノ・フウガ!」
 しかし、レナと呼ばれたつり目の少女は聞く耳持たずに、挑戦的に言った。
「……よくわからんけど、言いたい事があるのなら、さっさと言ってくれ」
 話を聞かない所には状況が掴めないと判断し、フウガは続きを促す。
「良い度胸ね。だ、だったら言うわよ!」
 レナは大きく息を吸い、
「わ、わ……わる、わ……」
 不意にしどろもどろになって、意味不明な事を言い始める。
 フウガは、わけがわからず顔をしかめた。
「? 何だ?」
「だ、だから……! わ! わ! わ!」
「わ……?」
「――わ、悪かったわ!」
 最終的に彼女が叫んだのは、その一言だった。
 だが、フウガは余計に困惑する。
 なぜ、別クラスで、今になるまで会話も交わした事もないような少女に、いきなり謝られるのか、全く理解できない。
「いや、悪かったって……何がなんだ?」
「に、鈍いわね! すぐにわかりなさいよ!」
「レナちゃん、いくらなんでも、それは無茶だよ……」
 これでは話がいつまで経っても進展しないと判断したのか、ミヨの方がおずおずと前に出てくる。
「えと……スサノ君、初めまして。私は〈三の水〉クラスのナスノ・ミヨです。で、こっちが同じクラスで友達のタマヨリ・レナ」
「……ああ、なるほど」
 その自己紹介を聞いた時点で、フウガは事情を察した。
 レナという少女の苗字――タマヨリ。
 これは学園長と同じものだ。
 要するに彼女は、学園長の実の孫であり、学園地下の〈極・重要宝物庫〉に入り込んで、〈八尺瓊勾玉〉を破壊した張本人なのだ。たぶん、ミヨの方は、そのときに一緒に居たという友人なのだろう。
 フウガが一応、それをミヨに確認すると、彼女は正直に認め、心から申し訳なさそうに頭を下げてきた。
「ご、ごめんなさい! 学園長室での話は、扉の前でレナちゃんと盗み聞きしてました。その事もそうなんですけど、まさか何も関係ないスサノ君がオロチに取り憑かれて呪いを掛けられちゃうなんて……本当に! 本当に! ごめんなさい!」
 ミヨは、必死に頭を下げる。
 何度も、何度もだ。
 その大きな瞳には、涙が溜まっているようにも見えた。
 後ろに立つレナは、
「……そ、その、悪かったわよ!」
 ぶっきらぼうに言って腕を組むと、そっぽを向く。
 実際に〈八尺瓊勾玉〉を壊してしまったのは、彼女のはずなのだが、これでは、まるでミヨの方に落ち度があったかのようだった。
 先ほどまでの言動からして、たぶんレナという少女は、素直に謝るのが苦手な性格なのだろう。ただ、口を引き結んで逸らした彼女の顔には、隠し切れない悔恨と苦渋が浮かんでいた。
「…………」
 フウガは思う。
 さっき考えていた、オロチ解放の直接の原因は彼女達である。だから本来、フウガが責めるべきは、この二人――そのはずだ。
 だけど……
「ああ、うん……もういいって。気にしてないから」
 フウガは、気づけばそう言っていた。
「え……?」
 何度も頭を下げていたミヨが呆気に取られて、動きを止める。
「ちょ、ちょっと……どういうつもりよ?」
 レナも背けていた顔を、慌てて向けてくる。
「どういうつもりも何も、気にしてないから、もう謝らなくてもいいって言ってる。そういう事だよ。……そんじゃ俺は、学園長に今日はもう寮に帰っていいって言われてるから」
 フウガはひらひらと手を振ると、二人の間を通って、さっさと階段へと向う。
 なんとなく照れ臭い予感がして、一刻も早くこの場から離れたかったのだ。
「ま、待ちなさいよ!」
 だけど、レナに呼び止められてしまい、フウガは仕方なく足を止めて振り向く。
「あんた、私達のせいでオロチに憑かれて、しかも、ツクヨミ先輩に勝てなきゃ、女になっちゃう呪いを掛けられたんでしょう! 私達を責めないの!?」
「……一瞬、そうしようとも思ったんだけどな」
 フウガは頬を掻くと、苦笑する。
「二人して、本当に後悔してるのが見ててわかったからな。なんか責める気が失せたんだよ」
「…………」
「…………」
 予想外の台詞だったのか、レナとミヨは言葉を失う。
「それに、俺が朝から屋上で授業をサボろうとしてなかったら、オロチに目を付けられて取り憑かれる事もなかっただろうしな。ある意味で、自業自得なわけだ。だから、必ずしもお前達だけが悪いわけじゃない」
 そこまで言って、フウガはまた前を向いて歩き出す。
「それじゃあな」
 振り返らず手だけ振って、フウガは角を曲がると、すぐに早足で階段を下りていく。
 その間、二人の少女は、ただただ唖然と立ち尽くしていた。
 すると愉快そうなオロチの声が頭に響く。
『ぬははは。なかなか格好良いじゃないか、フウガ』
「うるさい。黙れ。気安く名前を呼ぶな」
 本当に我ながら恥ずかしい事をしてしまったものだ。
 だけど、おかげで覚悟も決まった気がする。
 あの少女達にも言った通り、この状況に陥ったのには、自分自身にも少なからず責任がある。さらに今、誰かを責めた所で、この面倒な呪いは消えはしないだろう。
 そして。
 仕組まれたものであるのが甚だ不愉快ではあったが――希望は潰えたわけじゃない。
 酷く絶望的で困難ではあるけれど、可能性は残されている。
 ――ツクヨミ・ウズメに勝つ。
 だったら、結局は、
「――もうやるっきゃないんだよな」
 その一言には、もはや自身の状況を嘆く響きは、何一つ含まれてはいなかった。


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