エンジェル 二章
血と罪と鬼人
―― 三 ――
そこは広大な部屋だった。
天井は高く、壁から壁までは、走っても数分は余裕で掛かりそうなど程である。
床は、全面が大理石。
入口から道を作るかのように敷かれた真っ赤な絨毯は、奥の壇上に置かれている王座まで真っ直ぐ伸びている。その王座は、決め細やかな装飾が施され、まさに王と呼ばれる人物が座るに相応しい威厳を放っていた。
そして。
今、そこに腰をかけているのは、金髪に青瞳の理知的な雰囲気を漂わせる青年だった。
両隣には、宰相である頭の禿げ上がった老人と近衛騎士団団長であるフィーマル・ハードナーが控えている。
金髪の青年は、楽しげな笑みを浮かべながら、眼下に立つ疲れた顔をした男と、その隣で落ち着きなく周囲をきょろきょろと見回す少女――ティリアムとオーシャを眺めていた。
金髪の青年の名は、レルード・ヴェルアン。
シーナ王国の現国王である。
実は、ティリアムは、すでに彼とは二年前から既知の仲だった。
「二年振りだね。会えて嬉しいよ、ティリアム」
「……待て。その前に言う事があるんじゃないか?」
ティリアムは眉根を寄せると、そう問うた。
対して、レルードはわざとらしく不思議そうな顔をする。
「さて、何の事だい?」
「あのな……なんで暴行の現行犯で捕まったはずの俺が、いきなり城の謁見の間に連れて来られるんだよ」
対して、レルードの応えは軽い。
「ただ国王である僕が久々に君と会いたいと思ったから――じゃ駄目なのかな?」
「会いたいって理由だけで、お前がわざわざ俺を呼び出すかよ。一体、何をやらせるつもりだ」
鋭い視線と共に突きつけられた言葉に、レルードは動揺するでもなく、小さく笑った。
「さすがだね。僕の事をよくわかっているね、ティリアムは」
思わず頭痛を覚えて、ティリアムはこめかみを指で押さえながら溜息を吐いた。
「……それで、何をさせたいんだ?」
レルードは一転して笑みをかき消し、組んだ足の上で手を組み合わせる。その目つきは、先ほどとは比べようのないほどに厳しい。
「回りくどいのは好きじゃないんだ。だから、いきなり本題に入らせてもらうよ」
ティリアムは迷いなく頷く。
少しだけ間を置いて、レルードは口を開いた。
「実は、数日前、この城の宝物庫が何者かの襲撃を受けてね。幸い、警備の者達のおかげで、宝物庫の中身には被害はなかったんだが……」
「犯人を取り逃がした、か?」
ティリアムが言葉尻を引き継ぐ。
レルードは平然としていたが、その傍らに控えるフィーマルは悔しげな表情を浮かべる。
王城に侵入されたうえ、逃走を許した事は近衛騎士団団長という立場から考えても、忸怩たるものがあるのだろう。
それは、周りに立つ他の騎士達も同じようだった。
レルードの話は続く。
「まあ、その通りなんだ。しかも、襲撃の方法は、かなり計画的で組織的だった。つまり、そこまでして欲しい物が宝物庫にあったと言う事になる。と、なると。襲撃はこれで終わりではなく、次が近いうちにあるかもしれないと僕は思っているわけだ」
そこまで聞いて、ティリアムは得心した。
「つまり、その襲撃者から宝物を守れ、と?」
レルードは、首肯した。
「幸い、彼らが何を狙っていたかは目星がついている。もちろん、その品はすでに宝物庫より、安全な場所に移してあるけどね」
「どこだ?」
「悪いけど、それは教えられない。知っているのは僕だけさ」
ティリアムは困惑した顔になり、レルードを睨みつける。
「ちょっと待て。それじゃ、守りようがないだろう」
「そうでもないさ」
レルードは、再び楽しげな笑みを浮かべる。
「襲撃者達も、自分たちが狙っている物がどこにあるかを知るためには、僕の口から聞き出すしかないんだからね」
それを聞いて、ティリアムは絶句し、次の瞬間には、呆れ切った顔になっていた。
宰相やフィーマルを含む近衛騎士達も複雑な表情である。
要するに。
王であるレルード自らが、襲撃者を引きつける囮になろうと言うのだ。
一国の王が取る行動としては、あまりに常軌を逸している。
しかし、それを平然とやってしまうのが、このレルード・ヴェルアンという男だった。
「……お前、いい度胸してるよな」
「よく言われるよ。でも、こうすれば襲撃者は、嫌でも僕の前に姿を現さないといけなくなるだろう?」
自らが危険な立場にあるという事をまったく感じさせない笑みを浮かべ、レルードは続けた。
「仕事を引き受けてくれる見返りは、暴行の罪に目をつぶる事と、働きぶりに見合った報酬。……どうだい? 悪くない条件だと思うけど」
「はあ、傭兵はもうやめたんだけどな……。しかし、受けなきゃ身の覚えの無い罪で牢獄行きだし……」
揶揄するように言って、ティリアムは、ちらりとフィーマルへと視線を移す。
だが、当の本人はそ知らぬ顔だ。
ティリアムは、それに肩を竦め、
「わかった。その仕事を引き受けよう。要は、お前の護衛をやればいいんだろ?」
「いや、ちょっと違うかな」
レルードにあっさり否定され、ティリアムは眉をひそめる。
「僕には、フィーマル達がいるし、君は別の事をやっていてくれ。何かあったときに駆けつけてくれればいいから」
「は?」
困惑顔のティリアムをよそに、レルードは思案し始める。
「……そうだな。ティリアム。君は、錬兵場で騎士達の訓練相手をしてやってくれ。彼らにとっても良い刺激になりそうだ」
ティリアムが文句を言うよりも早く、レルードはその隣のオーシャへと素早く視線を移す。
「そこの君……えーと……オーシャ・ヴァレンタイン、だったかな?」
「え? ええと、は、はい!」
いきなり城に連れてこられ、しかも、王と謁見する事になり、混乱するばかりだったオーシャは、突然、名を呼ばれて身体を直立させた。
「君は使用人達の手伝いをしてやってくれるかな。実は、僕の誕生パーティーが近々あってね。その準備で、今、城内は大わらわなんだ」
「わ、わ、わかりました!」
緊張のあまり、激しくどもりながら、オーシャは応えた。
「うん、よろしく頼むよ。いや、人手が増えて助かるな」
レルードは満足気に笑うと、頷いた。
そして、話は終わりだといわんばかりに、二人は謁見の間を追い出され、閉じられた扉の前で、呆然と立ち尽くす。
「結局、あいつは、俺達に関係ない仕事を押し付けたかっただけじゃないのか……?」
ティリアムの漏らした疑問に答える者など、もちろん誰もいなかった。
翌日。
ティリアムとオーシャは、客室をそれぞれ与えられ、城内で生活する事になっていた。
そして、ティリアムは錬兵場で、オーシャはレルードの誕生パーティー会場になる大広間で、命令された通りに働かされている。
「ねえ、あなたとティルは、どこまでいってるの?」
「ふえっ!?」
大広間。
パーティの準備を手伝っていたオーシャは、突然の質問に動揺し、テーブルの中央に置こうとした花瓶を倒しそうになる。そして、頬を紅潮させながら、質問してきた相手に慌てて向き直った。
「い、いきなり何を言い出すんですか、メイリーさん!」
「だって、気になるじゃない」
そう言って悪戯めいた笑みを浮かべたのは、侍女長であるメイリー・アルアンだ。もう、三十代後半なのだが、その容姿は、どう見ても二十代前半にしか見えない。どうやってはその若さを保っているかは、彼女曰く“女の秘密”らしい。
「二年も経って、いきなり顔を見せたと思ったら、貴女を連れて来るんだもの。誰だって気になるわ。……で、どうなの?」
「ど、どど、どうって、私とティルはそんなんじゃ……」
オーシャは、頬どころか耳まで真っ赤にして俯いてしまう。
メイリーは、つまならそうな顔で、腕を組む。
「なーんだ、そうなの。絶対、何かあると思ったのになぁ」
しかし、すぐに思い直したように目を輝かせると、オーシャにぐっと顔を寄せる。
「でも、気はあるんでしょ?」
「ええ!?」
オーシャの慌て振りを見て、メイリーは納得顔で頷く。
「やっぱりねぇ。そうだと思ったのよ」
「あ、あの、私、まだ、何も言っていませんけど……」
勝手に話を進めるメイリーに、オーシャはおずおずとそう進言したが、まったく彼女には聞こえていない。
「どうせ、まだ、自分の気持ちを伝えてないんでしょうねぇ」
「あの、いや、だから……」
オーシャは、なんとかしてメイリーの暴走を止めようとするものの、やはり彼女には届かない。
それどころか、メイリーは、さらに両目を輝かせ、
「よし、善は急げよ! 今から、告白に行きましょう!」
と、やる気満々で、とんでもない提案してきた。
「は、はいいいっ!?」
オーシャは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
周りで同じように準備をしていた他の侍女達が驚いた顔で振り向く。
「さあ、行くわよ、オーシャ!」
「ちょ、ちょっと、メイリーさん!?」
困惑するオーシャを引きずりながら大広間から出て行くメイリーを、侍女達は呆然と見送っていたのだった。
錬兵場は、城の裏手にあった。
現在、そこには、疲労困憊といった感じの騎士達がへたり込んでいた。
その中央で訓練用の刃の潰れた剣で肩を叩いているのは、ついさっきまで、騎士達一人一人と剣を交えていたティリアムだ。二十人以上を続けて相手にしたというのに、ほとんど息も切らせず、軽く汗をかいただけである。
「まったく、たいしたものだな」
感心した声を上げたのは、白髪交じりの男だ。
ジョアン・グリード。
シーナ王国の将軍を務めている男である。
もう初老を迎えているが、全身から漂う威厳には、いささかも衰えはなかった。
ジョアンは、どこか楽しそうに目を細める。
「お前を見ていると、才能というものを嫌でも感じさせられるな」
「大袈裟だな。単にくぐった修羅場が、無駄に多いだけさ」
ティリアムの言葉に、ジョアンは肩を竦める。そして、不意に上着を脱ぎ捨てると、傍に居た騎士から訓練用の剣を受け取った。
「ならば、その成果を、直接、感じさせてもらおうか」
ゆっくりと剣を構えるジョアンを見て、ティリアムが不敵な笑みを浮かべる。
「部下の前で恥をかいても知らないぞ」
そして、同じく剣を構えた。
静寂が訪れる。
二人の達人の静かな闘気のぶつかり合いに、周りの騎士達の一人が唾を飲み込んだ。
先に動いたのはジョアンだ。
一気に踏み込んでくると、鋭い突きを放ってくる。
ティリアムは剣で受け流すと、自分の刃を相手の刃に滑らせるようにして切り込んだ。
ジョアンは咄嗟に身体を脇に捌いてその一撃を躱すと、逆に強烈な横薙ぎの斬撃。
一瞬で引き戻した剣でそれを受け止め、弾き返すと、ティリアムはそのままジョアンの懐へ飛び込む。さらに、相手が放って来た一撃を荒々しく打ち払い、無防備になった剣の腹を下から思い切り叩いた。
ジョアンの手から剣が離れ、宙を舞う。
ティリアムの剣がジョアンの首筋に当てられるのと、舞った剣が地面に突き立つのは、ほぼ同時だった。
「……たった二年で、さらに差をつけられたな」
ジョアンのその呟きには、敗北したはずなのに、なぜか嬉しそうな響きが含まれていた。
ティリアムが剣を引くと、ジョアンは身体の緊張を解き、溜息を吐く。
「やはり、私も年には勝てんかな」
その独白を聞いて、ティリアムが思わず笑っていた。
「その年で、それだけ動ければ十分だろ」
それは世辞ではない。確かに、ジョアンの剣腕は、年齢など感じさせぬ達人の冴えを未だに保っていた。
だが、ジョアンは、何も言わず穏やかな微笑みで応えるだけだった。
戦いの緊張を解きながら、ティリアムは、ふとある事を思い出す。
「そうだ、話は変わるが……」
ジョアンは怪訝そうに片眉を持ち上げた。
「何だ?」
「レルードのあの計画――よく、あんたが許したもんだな」
ジョアンは脱いだ上着を拾いながら、苦笑を浮かべる。
「陛下は一度決めたら、私達の意見には、決して耳を貸して下さらないのでな。普段の護衛を増やす事だけを、なんとか了承してもらったのだ」
「あいつらしいというかなんというか……」
ティリアムも同じく苦笑を浮かべた。
「だが、フィーマルがいれば、まず大丈夫だろう。あいつは頭が切れるし、腕も立つからな」
フィーマルの名が出てきて、ティリアムは顔をしかめた。
「でも、性格が悪いぞ」
ティリアムの悪態に、ジョアンが噴き出す。
笑わすつもりはなかったティリアムが納得いかない顔をしていると、城の方から言い合う声が聞こえてきた。
「あの、私はいいですから! やめましょうってば!」
「何を言ってるの! こういう事はさっさとした方いいのよ!」
錬兵場に姿を見せたのは、メイリーとオーシャだった。
城に戻ろうとするオーシャと、そんな彼女の腕を掴んで引きずるメイリーとで言い合いになっているようである。
「何をしてるんだ、お前らは……」
ティリアムが呆れたように呟く。
途端、二人が同時に口を開いた。
「ああ、居た居た!」
「ああ、居ちゃ駄目!」
まったく正反対の事を口走る二人に、ティリアムは困惑して、眉をひそめた。
「だから、何なんだ?」
「実はね、オーシャが話が――」
「わあああっ! 何でもないの! 本当にないの!」
メイリーが何か言おうとするのを、オーシャが大声で遮る。
そんな事が何度も続き、二人以外の練兵場にいる全員が、唖然とそれを眺めていた。
「あのなぁ……」
とりあえず不毛な言い争いを止めようと思い、ティリアムが口を開きかけた――そのとき。
城の方から、誰かが慌てて駆ける足音が響いてきた。
「今度は、一体、誰だ?」
ティリアムがうんざりした顔で振り向くと、途端に「げっ!」と声を上げる。
それにジョアンはもちろん、メイリーやオーシャも言い合いをやめると、ティリアムの視線の先へと顔を向けた。
姿を見せたのは、レルードと同じ金髪と青い瞳、年の頃は十二、三歳ほどの可愛らしい少女だ。
少女はティリアムの前まで勢いよく駆けてくると、まず胸を押さえて息を整える。そして、それが終わると、ティリアムを見上げ、腰に手を当てながら頬を膨らませた。大きく丸い目は、憤りに満ちている。
「ひどいですわ! 戻って来ていたなら、何で言ってくれなかったのですか、ティル!」
「いや、それは、何というか……」
ティリアムは気まずく視線を逸らし、何か言い訳をしようと口を開くものの、結局、何も出てこない。
少女が溜息を吐く。
そして、今度は一転して、頬を紅く染めながら満面の笑みを浮かべた。
「でも、帰って来てくれただけでも私は嬉しいですから、まあ、良いですわ」
「……そりゃ、良かった」
許してもらえたらしいティリアムは、しかし、頬を引きつらせる。
内心では、彼女が変な事を口走らないか、ひやひやしていたのだ。
“あの事”をオーシャに聞かれると、あまり嬉しくない事態になるのは間違いないからである。
オーシャは、先ほどまでの事をすっかり忘れたように、楽しげに二人を見ているメイリーに小声で話しかける。
「メイリーさん、あの女の子は?」
「あら、知らないの? あの方はエルリア様――レル―ド陛下の妹君よ」
オーシャは目を丸くすると、再びエルリアへと視線を戻す。
「妹、ですか……」
エルリアは、傍らのそんなやり取りなどまったく気に留めず、話を続ける。
「ですが、仮にも貴方は私の婚約者なのですから、すぐ会いに来て欲しかったですわ」
少女の発言を聞いて、ティリアムは、「ああ、やってしまった」と、手で顔を覆った。
「こ、婚約者!?」
予想通り、オーシャが驚いた声を上げる。
そこで、ようやくエルリアはオーシャに気づいた風に顔を向けた。
「……あら、どちら様?」
「ティリアムの連れの、オーシャ殿ですよ、エルリア様」
ジョアンが丁寧に説明する。
「ふ〜ん」
エルリアは、品定めでもするようにオーシャを眺め回すと、そして、一人で納得したように頷いた。
「……なるほど、ね。なかなか素材は良いようですけど、私には遠く及びませんわね」
「なっ!?」
予想外の発言に憤るオーシャを尻目に、エルリアはティリアムの腕をがっちりと掴む。
「さあ、ティル。こんな人は放っておいて、私と一緒に将来について語り合いましょう」
「へ? ……ああ、おい、ちょっと!」
ティリアムは、そのままずるずると城の方へと引きずられて行く。それに逆らう事もできず、助けを求める視線をジョアンとメイリーに送った。
だが――
「エルリア様を頼むぞ」
「二人で、仲良くね〜」
と、笑顔が返って来るだけだった。
ティリアムは、愕然とした表情になり、
「お、お前ら! 覚えてろよ――っ!」
断末魔の悲鳴のような絶叫を残しながら、城の奥へと消えていった。
ティリアムとエルリアが消えてから、数秒後。
「な、何だかわからないけど、私、追いかけます!」
呆然としていたオーシャは、ようやく状況を把握すると、二人の後を追おうとする。
「待つんだ、オーシャ。今は、エルリア様の好きにさせてやってくれ」
しかし、オーシャの肩を掴んで、ジョアンがそれを止めた。
納得いかない顔でオーシャが振り返る。
「で、でも……」
「……エルリア様も寂しいのだ」
そう言ったジョアンの顔は、どこか孫を心配する祖父のように見えた。
「兄である陛下は、常に執務に追われてらっしゃるし、城内には、同じ年頃の友人もいない。しかも、王妹という立場上、自由に城の外に出る事もかなわない」
「あ……」
切々と語られるジョアンの話に、オーシャは動揺で瞳を揺らめかせる。
「そに婚約って言っても、ティリアムの事を気に入ったエルリア様が勝手に言っているだけだしね。心配ないわよ」
続けて軽い口調で言ったのはメイリーだ。
オーシャは、一度、二人の消えた城の方を見つめた。そして、再びジョアン達の方へと視線を戻したときには、その表情は穏やかなものに変わっている。
「……わかりました。追うのはやめておきます」
ジョアンが「ありがとう」と小さく頭を下げ、メイリーも優しい微笑を浮かべていた。
「それにしても、エルリア様の事を知らなかったって事は……オーシャは、昔の城での事は、ティリアムから何も聞かされてないの?」
何気なくメイリーが訊いてくる。
オーシャはずきりと胸に走る痛みを感じながら、俯いた。
「ティルは、あまりそういう話はしてくれませんから……」
「……そう」
メイリーは、まずい事を訊いたと思ったのか、ばつが悪そうな顔になる。
「あまり気にしない事だ。ティリアムの過去は、この城での事ならともかくとして、他の事に関しては、おいそれと他人に話せる内容ではないからな」
気遣った口調でジョアンが言った。
「君の事を大切に思っているならば、いずれ、あいつの方から語るだろうが――」
ジョアンは、一旦、言葉を切ると、オーシャの瞳を真っ直ぐ見据える。
「ときには、自ら相手に過去を問う事も必要だぞ。その者を、より知りたいと、より理解したいと思うならば、な」
「……より知りたいと……より理解したいと、思う……」
オーシャは、ジョアンの言葉を反芻し、胸の前で手を重ね合わせた。
(私は……)
ゆっくりと目を閉じる。
(……私は知りたい、ティルの事を、もっと)
目を開いたとき、オーシャの顔に浮かんだのは、決意の微笑だった。
「……はい、そうしてみます」
ジョアンは無言で力強く頷き返した。
そこで、突然、メイリーが何かを思い出したように声を上げる。
「ああ、いけない!」
「ど、どうしたんですか、急に?」
驚いてオーシャが訊くと、メイリーは本気で悔しそうに言った。
「告白の事をすっかり忘れてたっ!」
「こ、告白……?」
ジョアンが、怪訝な顔で眉根を寄せる。
「……メイリーさん、それはもういいですってば……」
盛り上がっていた気持ちが急にしぼんでしまい、オーシャは、どっと疲れて項垂れたのだった。 |